amazonマケプレで注文した『鉄甲巨兵SOME-LINE(サムライン)』の2巻が届いた。
鉄甲巨兵SOME‐LINE(サムライン)〈2〉 (富士見ファンタジア文庫)
- 作者: 吉岡平,そうま竜也
- 出版社/メーカー: 富士見書房
- 発売日: 1990/04
- メディア: 文庫
- この商品を含むブログ (1件) を見る
だが当ブログでの本題は『バトルシップ』ではなく、『SOME-LINE』ですらないのであった。
本題は、p177〜178の、この会話。
「博士、あれはひょっとして、ゼロ戦じゃないですか?」
「ゼロ戦などという飛行機は、存在しない!」
秋葉原博士はムキになって叫んだ。
「零式艦上戦闘機、正しくは零戦(れいせん)と略す。ゼロ戦などという呼称は、戦後になって少年マンガがでっちあげた嘘っぱちの呼び名だ。少なくとも戦時中に、そんな敵性語を使った人間は一人もいない!」
はい、これが大間違い。「敵性語だから」という理由での外来語の排除はさほど徹底されていたわけでない。
フリー百科事典ウィキペディア「敵性語」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%B5%E6%80%A7%E8%AA%9E
しかもそのうえ、
同「零式艦上戦闘機」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B6%E5%BC%8F%E8%89%A6%E4%B8%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F
戦時中の1944年(昭和19年)11月23日付の朝日新聞で初めて零戦の存在が公開された際も「荒鷲などからは零戦(ゼロセン)と呼び親しまれ」とルビ付きで紹介されている。
とまぁ、少なくとも「一人もいない」というのは間違いというわけです。
それにしてもウィキペの当該部分の執筆者はよくぞルビ付の記事を見つけてくれたと思う。私も先の土曜日にざっと大宅文庫で資料を当たったんですが、ルビ付の記事ってのはなかなか無くてねえ(後ほど詳述)。以前の「VTOLの読みはビトールかブイトールか」と同じ壁に当たってしまいました。
http://d.hatena.ne.jp/UnKnown/20120310
さて、『SOME-LINE』に戻ります。上の引用部分で吉岡平は…もとい秋葉原博士は「少年マンガがでっちあげた」と言っています。タイトルは特定していませんが、『0戦はやと』(1963年)か、さらに2年さかのぼって『ゼロ戦レッド』(1961年)あたりを言っているのでしょう。
ところがこれも大間違い。何事につけてもウッカリ断言するとアッサリ論駁されるものです。もって他山の石としましょう。
「大空の『サムライ!』米国で出版された"ゼロ戦乗り"の記録」(『週刊新潮』1957年3月4日号)
「ゼロ戦で戦い通した太平洋戦争」(『リーダーズダイジェスト』1957年5月号)
とまぁ、1957年の雑誌記事で既に「ゼロ戦」は使われていたのでした。
特に『リーダーズダイジェスト』のほうはご丁寧に、タイトルを「ゼロ戦」としているだけでなく、本文の「零式艦上戦闘機」の零にまで「ゼロ」とルビ(読みがな)を振っています。スキャン画像は上げませんが、この後で改めて「零戦」の零にも「ゼロ」の読みがなを振っており、さてどうだろう? 私にはこれは「『れい』と読む人が多いけどこれは『ゼロ』なんですよ」との主張のように思えるのですが……。なお、ほかに『文藝春秋』1949年12月号等も当たってみましたが、そちらには「零戦」は出てきてもルビ無しでした。
ただ、『週刊新潮』の記事は坂井三郎の手記が、『リーダーズダイジェスト』のほうは堀越二郎と奥宮正武による「零戦の伝記」が、おのおのアメリカで出版された、との話題が前提となっています。この時期……1957年のアメリカには、日本を属国と…もとい同盟国と認めて、太平洋戦争での善戦を評価する動きがあったんですかね? マァいずれにしても、話題がアメリカ発信であるなら「この時期に"Zero Fighter"との呼び名が逆輸入され、日本語化して『ゼロ戦』になったのだ」と主張することも可能でしょう。
ただしその場合は、「日本でゼロ戦と呼ばれていなかったのなら、なぜアメリカではZero Fighterと呼ばれていたのか?」という疑問が生じることになります。
その2につづく↓
http://d.hatena.ne.jp/UnKnown/20150520