コミカライズ版『フラクタル』

というわけで、最近になって爆発的に「コミカライズ」という言葉を広めた(「アニメの漫画化」を語るにあたって、皆が皆「コミカライズ」という言葉を使うようになった)功労者である『フラクタル』を購入した。

フラクタル(1) (ガンガンコミックスONLINE)

フラクタル(1) (ガンガンコミックスONLINE)

書店で手に取り、まず微妙な気分になったのがオビの惹句である。

山本寛私の優しくない先輩』『らき☆すた』『かんなぎ)が贈る
話題のアニメ最新作、堂々のコミカライズ!!

半年前は、というか「フラクタル」放映前はその名がセールスポイントになるほどの監督だったんだな、と思い出させてくれる。

それが今では……。単なる失敗作で終わっていればまだよかったのに、自己愛性向をこじらせて色々と戻れないラインを越えてしまった。「一番好きなアニメはなんですか?」という割と普通の質問に「アニメ自体好きじゃないです」と返すとか、正常なコミュニケーションができないレベルだ。

フラクタルは漫画もアニメも見たこと無いけど、アニメの監督がアニメ自体好きじゃないと、
言いながら作るのは本当におかしい、購入してないから俺も本当に後悔しない
俺は現にフラクタルに興味が無いし、他人と話してもフラクタル面白くないと言われても、
それは価値観の相違でしかなく、フラクタルへの無関心は変わらない現にBDも購入してない
自分の作ってる物に愛情をもってないなら手を引くのが普通の人の感覚だと思う、
アニメ自体好きじゃないなら他の人の目にも入るの嫌なんだろ
ヤマカンの意見尊重してオビは捨てます。
これはアニメに関わってくれたヤマカン以外の人への僕なりの感謝の気持ちです。

ありがとう

なんてことは思っていない(※オビはこの後スタッフが回収しました)。ていうか、この画像の元ネタを撮った人は当然帯付を買ってるはずだが、捨てるときには外してるのな。

さて、読み終えての感想だが、「巷の評価ほどつまらなくない」というのが正直なところで、やや拍子抜けだった。

絵柄はちょっと小梅けいと似で、可愛らしくも色気がある(小梅けいとは色気どころでないが)。線がこなれていないという印象も受けるが、新人としては技量は平均以上だろう。コマが全体に大きいのは気になるが、初出がウェブマガジンとのことで、スマホなどのディスプレイでも読みやすいようにと心かげたためと思われる。ここはむしろ、大きなコマで描いているのに話がちゃんと進んでいる、と評価すべきポイントだ。

導入部は、異世界ものには必要不可欠な世界観の説明。やや説明的だが、主人公の移動を伴って順繰りに描いているのでストレスは感じない。

――数兆の計算機からなるネットワーク「フラクタル」が完成した未来世界。端末を体内に埋め込み、定期的な「祈り」でライフログを送信することで基礎所得を受け取れるため、働かずに生活することができる。街中を行く人の多くは実体ではなく、「ドッペル」と呼ばれる電子的な分身だった。だが主人公の少年クレインはドッペルを持たず、実体のまま生活していた。――

この世界観を背景に、「非身体と身体」と「信仰と自己決定(依存と自律)」という二項対立を柱にして、「自律した人格(精神)には身体が不可欠である」という結論に向かって、主人公が生身の体を張って縦横無尽に駆け巡る冒険活劇を展開すれば、どうやったって凡作以上にはなると思うのだが……。今だからこそ「身体性の回復」という古典的なテーマはかえって時代に合致すると思うのだが……。

アニメはなんでまた、視聴率・セールスについても作品評価においても大失敗に終わったのだろう。フの才能は、私には計り知れないものがある。

空から降ってきたヒロイン・フリュネを助け、その不思議ちゃんな性格に振り回されながら次第に打ち解けていく…なんてあたりはベタな展開だが、ボーイ・ミーツァ・ガールの基本という感じでさほど印象は悪くない。
と、出だしはまず好感触なのだが、第1話のラスト、ナディア経由タイムボカンの孫パクリ、女主人とヤセデブ従者の三人組が出てくるところからいきなりおかしな空気になる。型通りの「どこか憎めないドジな悪人」三人組で、普通に考えてあり得ない失敗を繰り返すのだが、これがどうにも導入部で提示された雰囲気にそぐわない。コミックリリーフが不要とはいわないが、登場が唐突過ぎで作品世界全体が方向性を失いだした感じだ。

もっと重要なことを言うと、「どう見ても救急車でないのに「てっぺんに赤いのちゃんとついてるじゃない 救急車の赤いの!(赤色回転灯)」と強弁する」という小ネタに眉をひそめる。読者に対して「この作品世界の救急車」がどんな形状を明らかにしていない、そもそも自動車が登場していないのだから(追加:読み返したら1話にチラッと出てました。すみません)、何やら飛行メカが登場しても、読者は一見して「ふーん、これがこの世界の救急車なんだ」と受け止める。独特の世界観をまず構築すべき段階なのに、クスリとも笑えない小ネタのために現実の認識を拠り所にしてはいけないだろう。

それでも本筋のストーリーは悪くなく、何も告げずに何処かに去るフリュネ、とにかくそのフリュネと再び会いたいと望むクレイン、そして第二のヒロイン・ネッサの登場と、それなりに先が気になる筋立てになっている。人々が定住していないという世界設定を「みんな帰れる場所が無い」と読み替えるあたりも、テーマ性が感じられてよいのだが……。それでマトモな作品に仕上がってたら、現在のような話題にはなってなかったはずなので、この先読み続けるかは微妙なところだ。