カラー愛蔵版『坊っちゃん』の時代

高い!

カラー愛蔵版「坊っちゃん」の時代

カラー愛蔵版「坊っちゃん」の時代

でも買った!! 後悔はしていない…っていうかA4版オールカラーでハードカバーなら税別3600円は妥当な値段でしょう。むしろ割安感さえある。ただ、気取った文学書風の装丁ではなく、カバーを取っても同じ絵が(当然カラーで)本自体の表紙になっている絵本型のつくりにすべきだったと思う。カバーはあくまでカバーなんだから。

いやー古い作品なんですが、何度読んでも虚虚実実の「明治人」像がじんわりと面白いです。新橋コンコオスでの邂逅とか、あり得ないけどあり得た一幕だよな〜とニヤニヤ。「らいてう平塚明子 このとき十八歳。いまでいえば 原田美枝子石原真理子池田理代子を足して三で割ったような性格の女性だった」には「今は言わねえ」とツッコミたくなりましたが、23年余(!)の時の流れを感じてしまうのはそこくらい。

着色の効果は、人物については正直ボチボチといった程度。肌の色が一本調子で登場人物間の差が少ないのは仕方ないのかもしれないが、ラフカディオ・ハーンはきちんと日本人と差別化すべきだろう。漱石が清のモデルにした女性はちゃんと色白美人に描かれているのだから可能だったはず。酩酊する漱石なんかも、目の周りに赤みが差してはいるけど、テーブルの上で暴れるくらいの酔っぱらいなんだから顔中真っ赤で良かったんじゃないかと。

ただし風景については、これが想像以上に着色が活きている。漱石と鴎外が並んで歩く雪の千駄木、ラストの桜咲く漱石自邸などは「予め着色されることを意図してたんじゃないか?」と思えるほどに絵画的。また、『坊っちゃん』の情景がいわば劇中劇として断片的に数ページ描かれるのですが、それがいずれも良い雰囲気で、冒頭の三津浜の場面なんぞはターナーの趣さえ感じられます(オイ)。この調子で『坊っちゃん』一本コミカライズして欲しいと思うほどでした。

値段が値段だし、話を追うだけなら文庫版でも十分なので人には薦めにくいのですが、少なくとも買って損するものではないと言っておきましょう。
関川夏央があとがきで語る、マンガを取り巻く状況の変化とそれとの関川の付き合い方の話なども、作品本編で描かれる前近代への想いと呼応するものがあって、一読の価値があります。

物語が完成した一九九八年には、マンガをとりまく状況は劇的にかわっていた。八〇年代までのマス・セールスが夢のようだった。
なによりも驚かされたのは、マンガ・リテラシー(読解力)の低下だった。マンガ市場退潮の理由のひとつが、マンガはむずかしすぎるという嘆きだとは、信じがたくもほんとうのことなのだ。
マンガ・リテラシーは、おもに物語への興味が強いる無意識の訓練がつちかう。だが、もともと物語への興味が稀薄なら、すなわち他者にではなく自分にしか興味を抱けないほど社会性と歴史性が衰弱してしまっているなら、仕方がない。

……ここだけ抜き書きすると、ただの「昔は良かった」だけど(苦笑)。