/「戦術予報士」が象徴するガンダムOOの世界

機動戦士ガンダム00」第2期で何がいきなりマヌケかといえば、「第1期ラストで主人公らの目論見どおり世界の三大勢力の対立が解消されたものの、それはすなわち地球連邦という美名を名乗る独善的な暴君の誕生だった」という設定だ。
何やってんだかソレスタルビーイング
つーか、そうなることくらい予想しとけよ。
ましてガンダム00の世界は宇宙世紀でもコズミックイラでもなく、他でもない「西暦」である。この世界は過去に、米ソ冷戦終結後の米国一極集中と自由主義経済の非武力的侵略がもたらした、諸々の「世界の歪み」を経験しているのだ。その過去を踏まえたなら、大国間の対立の解消は1大国とそれに恭順しない小国家・民族との「不均衡な戦争」を生む、と当然予想できたはずである。
制作者にしてみれば、そうした現代史を作品に反映させることこそが狙いなんだろうけど、劇中の登場人物の目線で見ると、ソレスタルビーイング(つーかトレミーチームか)の大局観の無さはいかにも愚かしい。
ただ、いま思うに「この作品世界の住人には大局観や戦略眼がありませんよ」と、実は制作者はあらかじめ宣言していたとも取れる。というのは、第1期放映開始前からナゾの肩書きとして話題になった「戦術予報士」だ。これはもちろん造語だが、それにしても実にいびつな、こなれていない言葉である。だから強く印象に残る。
戦略家」でも「作戦参謀」でもなく「戦術予報士」。「予測」ではなく「予報」。これが隠れたキーワードではないか。戦術予報士、この奇妙な専門家が活躍する「ガンダムOO」の世界は、ソレスタルビーイングのみならず全ての戦争当事者が、近視眼的に場当たり的に動くことを原則としているのである。
実際に作品を観ても、「戦闘」のレベルで何が起こるかは「予測」を超えて「予報…あらかじめしらせる」ほどの確度で知り得ている一方、「戦争」のレベルになるとまるで決定論のようにイオリア・シュヘンベルクの計画に抗えない。誰もがただ、死せるトリックスターに踊らされるだけだ。これでは戦後の国際政治まで見据えた大局観など持ち得るはずも無い……
……てなこと思っていたけど、第2期で戦術予報士の描写が増えるにつれ、私が思っていたほど深くはないという印象が(苦笑)。私は「伏線予報士」にはなれないようだ。