「城下町」宇都宮

2014年にはとうとう何もしなかった、宇都宮市→栃木県の正月散歩ネタが復活。

正直、TeaCupブログはいつまでサービスが続くかわからんので(「はてなブログ」がある今「はてなダイアリー」も危ういけどね)、既存のエントリの保護のためエクスポートしないと、と思っているんだけど中々そういう手間がかけられない。

さて、宇都宮という町は、二荒山神社門前町の性格も強いのですが……。

ちなみにこれが平成27年元旦、朝11時過ぎの二荒山神社。遠目に石段に人影が見えなかったので「この時間だともう初詣客も少ないのかな?」と思いきや。

只今境内が大変混雑しています
しばらくお待ち下さい

入場を制限していたのでした。

とまあ門前町でもある宇都宮ですが、また城下町でもあります。

大空襲で中心市街が焼かれ(余談ですが、中島飛行機の工場や陸軍第十四師団にはほとんど被害が無く、中心市街に爆撃が集中していたのを不思議に思って理由を調べてみたら、どうやら「工場を叩くよりもそこで働く市民をブッ殺すほうが効率的だろ、日本の民家はよく燃えるし」という優先順位だったらしい…)、戦後の野放図な高度経済成長によってお堀はドブ川と変えられた挙げ句に埋められてしまい(「臭いものに蓋」を地で行く話である)、城下町の風情なんて残っていないと思われがちですがさにあらず。

まだ道の形には……、「道をクランク状に曲げることで見通しを悪くし、敵の侵入を防いで」いたクランク状の「鍵の手」の曲がり角には、城下町らしさが残っているのでした。

……。失礼、残ってませんでした。これだけ見てもわからないでしょうが、数年前まではこの道がクランク状に屈曲していたのですよ。

比較するとこう。下の写真は2011年元旦撮影。
http://gray.ap.teacup.com/unknown/404.html
昔のほうの写真もひととおり取り壊しが済んでいるからチトわかりづらいか。


北から南に向けて。こっちのほうがわかりやすいかな。拡幅工事がまだ途中なので、元のセンターラインが残っていたりします。交差点の位置は以前と変わっておらず、車はこのセンターラインに沿ってクキックキッと曲がっていたわけです。

いやもう、古いものに心惹かれるのであれば、それがまだ残っているうちに色んな街へ行かねばならない〜と改めて強く思うのですが、それはそれとして宇都宮の「鍵の手」は一つだけではありません。

こうして見ると袋小路のようですが……。

このようにクキックキッと曲がっています。今では普通の民家しか見られませんが、この四条町通りを含む一帯はかつて武家屋敷街だったとのこと。こちらの道は車の往来も少なく、拡幅工事や再開発の手はそうそう及ばないとは思いますが、その一方、これが城下町の痕跡だと意識する人もさほど多くはないでしょう。

そんなこんなで春からの「ブラタモリ」新シリーズが楽しみな平成27年の幕開けでした。