旧讃岐鉄道岩屋架道橋/四国旅行#2

9月の四国旅行についてのエントリはこちらからどうぞ。
http://d.hatena.ne.jp/UnKnown/20150922#p1

 
快速マリンライナー1号は坂出着6時12分。瀬戸大橋記念館は9時開館で、移動時間の分を引いても2時間半の間がある。
しかしそこで漫然と時間を過ごすことなく、廃線跡にまで足を運ぶことにする。
http://www.my-kagawa.jp/course/special/railway/waste-line/

旧讃岐鉄道岩屋架道橋 
登録有形文化財
 
旧讃岐鉄道の数少ない建造物であり、鉄道・道路を含め、県内最古のアーチ橋である。全国的にも類例の少ない純石造の鉄道建造物で、国土の歴史的景観に寄与しているものとして登録された。

讃岐鉄道は、明治22年(1889年)に多度津を起点に丸亀・琴平を結んで開業した四国最初の本格的な鉄道路線である。明治30年(1897年)には、路線が丸亀から高松(西浜)へと延伸。その後、明治39年1906年)に国有化され、国有鉄道讃岐線(のち予讃線)と呼称された。

宇多津町内には、昭和63年(1988年)の瀬戸大橋線開業に伴う路線の移転による廃線遺構が残っており、その中でも岩屋架道橋は最も保存状態のよい構造的にも特筆される事例である。

鉄道路線と里道、用水路を立体交差させるためにアーチ橋として構築、アーチ部を含めすべて花崗岩の切石を使用していることが特徴。アーチは半円アーチとし、壁面は布積み、橋の両側には谷積みの翼壁を設け、アーチ天端には、楔形の要石(キーストーン)をはめ込んでいる。町民からは、アーチ形のため、“めがね”“石のトンネル”と呼ばれ親しまれてきた。
 
宇多津町

これを読んで「よし、行ってみよう」という人はいないだろうが念のためアドバイス、「宇多津町立宇多津中学校」を目的地にすると迷わないルート設定が可能です。

徒歩だと30分弱かかる道のり。だが、


興味を引く建物が数々あって道中退屈しない。関東には「(昔は)富士山が見えた場所」との理由があっての「富士見」という地名あるいは屋号は珍しくないが、香川ではどうあっても富士山が見えるわけが無く、どういう歴史で「富士見温泉」になったのかが気になる。ていうかホントに温泉なのか?

そんなこんなで目的地に到着。現在の瀬戸大橋線予讃線)と並んでいるから、「明治の鉄道の廃線跡」というより「旧線区間の跡」という印象のほうが強い(もちろんどちらも正しい)。

状態は良好。

この画像の右奥が橋の上面。私有地(社有地)で、どこに通じているわけでもないのに何故かアスファルト舗装されていた。


橋の下の道はふつうに通れます。幅は自動車1台分しかない。微妙に不便な道なのだが、だからこそ拡幅する必要が無く、今にまで残ったという側面もあるでしょう。