最悪なのは書いた奴!「世界の『最悪』クルマ大全」

以前取り上げた「図説 世界の「最悪」航空機大全」がかなりヒドい内容だったので(2009年3月7日付)、一応は警戒しつつ「でも訳者は違うし、著者も当然違うし、見出しはマァまともだし、これならセーフだろう」と思って購入。

図説 世界の「最悪」クルマ大全

図説 世界の「最悪」クルマ大全

翻訳以前に原著からアウトだった。

私は日本車についてしか間違いを指摘できないが、もうデタラメ尽くし。自動車評論風にいうなら、『間違いだらけの最悪車選び』。「日本車についてこれほど間違っているのだから、他の国の車に付いても同様だろうな」というのが、一読者として自然な感想だ。批判とは、当を得ていればこそ説得力があるもの。根本的に間違っていてはただの罵詈雑言である。

ただの罵詈雑言にしても、冴えた表現を披露してくれるならその「罵倒芸」に唸りもしよう。だがこの著者はまた語彙があまりにも乏しい。例えばデザインの評価は「時代遅れ」か「調和が無い」、「ブタ」(その他動物に例える)のどれか。ネットの匿名掲示板のほうがまだ表現に工夫がある。これがベテラン評論家で通じる英国を、我々は憐れんでいい。ま、日本の自動車評論家だって似たようなものだが。

とまぁ、どうやら元から酷い内容なのだが、日本語版がまた酷い。翻訳や監修の問題ではない、原書房にはそもそも編集者がいないのではないか。
http://d.hatena.ne.jp/rikiyaishige/20110221
まず索引が無い、それどころかマトモな目次も無い。ページレイアウトにセンスが無い(具体的に言うと、アオリ的な文字要素の配置が散漫で読みづらく、カコミの車両スペックの文字が無駄にでかく、全体にメリハリが無い)。基本からなってないから、「自動車の本」としては論外だ。ちょっとでも車が好きな編集者なら、いや車好きでないなりに少しでも気が利くなら、日本の輸入実績や日本名を補うだろう。調べるのにさほどの手間でもない。

ところがこの本、輸入実績どころか、日本車の日本名さえ出てこない。スバルXTクーペ=アルシオーネはまぁ知られている(珍車としてだが)としても、日産サニーZX=サニーRZ-1は相当にマイナー。起亜プライド=初代フェスティバ、フォード・アスパイア=二代目フェスティバに至ってはこの本では韓国車・アメリカ車扱いだから、マツダで生産されて日本国内で売られていたとは知らない人にはわからないだろう(日本名がフォード・フェスティバだからまたわかりにくいんだけど、この本はとにかくそれ以前)。

日本からの輸出実績が不明瞭な車もある。トヨタクラウンといえば日本専売、輸出は無いと思っていた。ところが何故か取り上げられていて、それも1967〜74年という中途半端な時期になっている(今も生産中だよ!)。これはひょっとしてこの時期、対ヨーロッパの輸出があったということなのか? ウェブ上でざっくり調べてみたが判然としなかった(トョペットクラウンの対米輸出はあったようだ)。

こういう点が気にならない編集者、そしてこういう点をフォローしない監修者は一体なんのためにいるのだろう。

■「世界の『最悪』クルマ大全」の誤りのごく一部■

p160 いすゞピアッツァ・ターボ
ピアッツァの評判回復は叶わなかった。結果、いすゞは大損を被り、自家用車作りから撤退することに。

初代ピアッツァの生産終了(1990年)といすゞの乗用車市場からの撤退(ジェミニ生産終了2000年、SUV含む完全撤退が2002年、アメリカでは2004年)は10年以上離れており全く無関係。

p161 いすゞピアッツァ・ターボ
キャビンはとりあえず必要なものを並べたという感じで、デザイン的な調和は皆無。シートの座り心地も悪い。

この評価の当否はさておき、そもそもホントにピアッツァに乗ったことがあるのか? と疑問に思う。普通は嫌でもサテライトスイッチに目が行くし、バカにするならまずそっちだろう。「オモチャっぽい」であれ「シトロエンの真似」であれ。もちろん、「個性的」とか「機能的」と誉めてもいいが、ともかく全く触れないなんて考えられない。

p184 スバルSVX
イタルデザインと自社デザイナーの案を混ぜ合わせたため、調和が皆無。

SVXはイタルデザインと社内の合作ではない。ジウジアーロが太田でクレイモデルを削っている写真が公表されているほどで、完全にイタルデザイン主導。無論、固定ライトの採用や3ナンバー化など、スバルの都合が優先された部分もあるが、それを以て「混ぜ合わせた」と言うのか? それとも「イタルデザインの提案先行でなく、まずスバルのオーダーがあってデザインした」という話を勘違いしてる?
http://isuzupiazza.fc2web.com/

p185 スバルSVX
多額の投資を取り返そうと必死だったスバル。その努力がSVXの水平対抗6気筒エンジンでレガシィフォレスターの成功につながった。

SVXのエンジン「EG型」と、後にレガシィランカスター等に搭載された「EZ型」は全く無関係。エンジンの系譜なんて、評論家には常識レベルの初歩の初歩だろうに…。ていうかEG33型は4気筒のEJ22型にもう一列足して6気筒にしたというお気軽な設計、対してEZ型は完全新設計。投資の回収どころかEZのほうが手間がかかっている。

p304 スバルXTクーペ
プラットフォームは1800サルーン。(中略)ターボラグさえ気にしなければ、パワフルなエンジンはなかなかの出来。

これは6気筒2700cc版のインプレッションだ。4気筒1800ccはXTクーペ(アルシオーネ)デビュー時で20年前の旧型エンジン、なんぼターボ付と言ったってパワフルなわけはない。まず間違いなく2700の印象を書いている。ところが、2700は存在にさえ触れていない。スペックすら「水平対抗4気筒 1781cc」だけだ。どちらだろうが構わないとでも言うのだろうか? 写真は2700のほうも載せているのに、キャプションでのフォローなどもない。(……修正。2700はNAだからターボラグは無い。となると一体コイツは何に乗ったんだ? ついでにスペックを言うとXTクーペのエンジンEA82型は1.8ターボで120ps、同時代のトヨタセリカの3S-GE型は2.0NAで160ps。仮に数字ほどの差は無いとしてもパワフルと感じるわけがない)
 
それにしても驚かされるのが、ネットの巷での読者の反応だ。いわく
「イギリス人の著者らしい独特の言い回しと表現の中にある深い車への愛情」
「著者に車に対する愛情がある」
「苦笑混じりの愛情が見え隠れしている」……。
おいおいおいおい、なにそんな物わかり良さげな顔してるの!? 誤解・間違い・勘違い・思い込みで扱き下ろす奴の、どこに愛を感じろと言うんだ? 
酷評は悪いことではない、バカにしても嘲笑っても扱き下ろしても構わない。ただしそれは「正しい知識に基づいていれば」だろう。この本は間違っている。間違いだらけだ。もっと普通に怒っていい。
私如きよりも自動車に詳しい人間は、この世にごまんといる。なのにこの本の間違いを間違いとして指摘した書評が、取り敢えずウェブ上には見られないことも驚きだ。
「図説 世界の「最悪」航空機大全」に関しては、三菱F-2のファンが一点だけ、ごく短く、しかし決定的な指摘をしていた。
週刊オブイェクト2009年06月24日「『図説 世界の「最悪」航空機大全』に掲載されたF-2戦闘機デマ情報」)
私はこれにこそ深い愛を感じる。
こういう人が、自動車好きの中にはいないのだろうか。いすゞの乗用車撤退のくだりなどは一見してわかる間違いだから、ううむ、相手にする価値も無いということか。
(と思いつつamazonのレビューを改めてみたら、ひとりきちんとデタラメを指摘しているレビュアーがいた。まずホッとする。「「正しいこともたまには書いてある」というレベル」、うむ。)