ロマンホラー!ティムの秘伝説 アリスの奇妙な冒険

ティム・バートンアリス・イン・ワンダーランド』、気合入れて初日に観た。いい映画でした。正直、中盤までは「まー、ソツなくまとまってるね。映像は綺麗だけど話の内容は普通ふつう」程度だったんですが、終盤にさしかかってアリスの「現実」とシンクロしたあたりから怒涛の盛り上がり。クライマックスから結末まで目が離せません。

この作品、「婚約を目前に控えて心悩ませる19歳のアリスが、かつて少女アリスが訪れたという不思議の国に足を踏み入れる」という導入なので、結末はマァ「『少女』の夢想と決別して『婦人』になる(もしくは「ならない」)」以外にはならないわけです。私の興味の第一はそこにどういう決着を付けるか? だったんですが、中盤までその現実が絡んでこない。そのあたりが「あれあれ?」と不満に思っていると……ああ、ここでこう絡むか、と。

いやまあ、そこらへんは別に見所じゃないんですけどね(苦笑)。基本、不思議の国の不思議な美術や、奇妙な生き物たちの姿を楽しむ映画です。おなじみチェシャ猫、おっかないけどフワフワモコモコなバンダースナッチ、トランプの兵士といったクリーチャーたちも魅力的なデザインで、単純にエンタテイメントとして十分に楽しめます。しかし、ハートのジャックが十兵衛ちゃんのラブリー眼帯を付けてるのは何とかならなかったか。また、スチルで見るとちょっと「?」なお顔のアリスも、スクリーンではちゃんと美人さんなのでご心配なく。

そしてクライマックス、決戦の幕が開き、真打ジャバウォッキーが遂に姿を見せるとバトルアクションムービー…というか怪獣映画に!! 「どこがアリスやねん!!」と言いたくもなりますが、いやもうこれまたカッコいいのなんの。対ジャバウォッキーの一騎打ちは早くも2010年特撮ワタクシ的ベストバウトに決定ですわ。

(4.18ちょい追加)
そうそう、「どうせ観るなら3D版を」といわれる映画で、実際私も3D版を観たのですが、3D表示はさほど効果的に使われているわけでなく、2D版でもいいかと思います。偏光グラスをかけるとその分明度が全体に下がって、ビビッドな印象が損ねられちゃうのよね。そっちのマイナスのほうが気になった。

(以下ネタバレが気にする人は読まないように願います)

正直、ルイス・キャロルのファンには色々と不満な部分もあるかと思います。ただ、そこはむしろ建設的に、例えば「白の騎士が登場しないなんてバートンは何もわかっとらん!」と怒るよりも、「何故白の騎士は登場しないのか」を考えるほうが楽しいでしょう。

白の騎士の不在は、私は観ている間ずーっと気になっていたんですが、ラストでそれに答えるように「私を忘れてはいないかい?」と言い出す人物がいて、「ああ、こいつか!」と腑に落ちました。

一般に「不思議の国・鏡の国を通して、唯一アリスに好意的な人物である老人・白の騎士とは、作者キャロルの分身である」と言われているわけですが、作中のアリスにとっては作者は存在しない人物だから、その見方はまず退ける。その上で誰か? を考えてみると……いたいた、バートン版『アリス』には「いるはずなのに(かつてはいたのに)今はいない重要人物」がいるじゃないですか。

そう、父親です。

つまりバートン版は、白の騎士とは父性である、との解釈の上に成り立っている。だから不思議の国には白の騎士は登場しないが(だって登場するのは「鏡の国」だしというツッコミは不可)、それに代わるように父親の親友が、孤立しかねなかったアリスに「私を忘れてはいないかい?」と救いの手を差し伸べる、というわけです。その後でご丁寧に「父親にはなれなかったが」と言っていますが、アリスにしてみれば不本意な結婚をすることなく、父親代わりを手に入れることができた、と言っていいでしょう。

原作との大きな違いというともうひとつ、この『アリス』は「どちらが夢なのでしょう?」ではなく、現実は現実として確たるものとなっている、という点があります。ただ、だからといって「不思議の国は夢想の国である」と峻別しているわけではないのが、この作品の面白いところ。むしろ、不思議の国が現実と地続きになっている。それを象徴するのが……象徴どころか極めてストレートに描かれているのが不思議の国からの帰還で、「夢から醒める」ではなく、落ちた穴から物理的に這い出てくる。この場面はちょっと興醒めというか、微妙にオカシイのですが、最後に貿易会社で働き始めたところで「なるほど!」。アリスは、当時のヨーロッパにとってはあまりに遠い国だった、中国との貿易という夢想的なプランに着手する。つまり、現実に存在する「不思議の国」を目指すことによって、不思議の国も現実も中国も、おなじ地平の上に存在している、と強調しているわけです。ここで、マッドハッターとの再会の約束も、決してその場しのぎの言葉ではなかった、となる次第。実際に再会するかどうかはともかく、隔絶された別世界では無いのですから。

ああ、なんかもう、誰も付いてこれない話に暴走してますが、とにかく『アリス』の新解釈としても観るべきものが多数あるので、マニアの方にも一見の価値があるといえるでしょう。