謎のリスト2010

今年も最後は「謎のリスト2010」。超高打率で点数でも昨年を上回ってしまいました。

CM畑の青ざむらい

CM畑の青ざむらい

CM制作会社勤務の作者による業界ものの小説で、CM制作会社のプロダクションマネジャーが演出部(いわゆるクリエイティヴ職)編入試験を受けたが落ちました、という話。実体験に基づくならば、二重の意味で「そらまぁ落ちて当然だわな」と言わざるを得ないのだった。後半は寄せ集めの書道部員が「書の甲子園」を目指す話で、この作品が書かれた時期を逆算すると、映画「書道ガールズ」以前、TVドラマ版「とめはねっ!」以前で、そうした題材を先んじて嗅ぎ付ける嗅覚はさすがCM屋といったところか。
 
燃えた「火」が「否」を消し「碑」を建てた

燃えた「火」が「否」を消し「碑」を建てた

明治31年福島県大田村(現・伊達市保原町)から北海道旭川市東旭川米原・瑞穂(ペーパン)へ移住に応募した128戸の家族とその消息。

「128戸の家族とその消息」と書けば一言ですが、それがまぁべらぼうなボリュームで書かれている。言ってしまえば無名な人々なのに、それぞれについて生年月日と生地、家族構成、移住後の仕事などについて実に細かく書かれています。役所等に残されている一次資料を集め、あるいは関係者に聞き取りを行ったのでしょうが、いったいどれほどの取材になったのか、想像するだけでクラクラする。正直、無関係な人が読んで面白いものではありませんが、北海道開拓がどのようなものだったかを理解するうえで一級の資料といえるでしょう。
 

若き翼たち

若き翼たち

紹介文は妙に巧いこと書いてる、宇宙戦争SF。

西暦3005年。地球と火星の緊張状態は極限に達し、クロスポイント宙域にて開戦を迎えた。地球連合宇宙軍アジア艦隊とCMS(火星国家共同体)軍の会戦。それは、資源の枯渇、環境破壊などの問題を抱えた地球が火星開拓に活路を求め、その過程で先進国が発展途上国の人々を開拓民として利用、その反発がCMS樹立につながり、戦争へと発展したものだった。この戦いの真の意味とは!?

マチュアが書いたジャンル小説って、一読すれば大概「ああ、この人は谷甲州が好きなんだな」とか「銀英伝みたいなのが書きたかったんだろうな」とか、まぁ何の影響下にあるか読めちゃうわけですよ。良いも悪いも無く。ところがこの作品、そうしたものが一切感じられない。影響を受けていないというかそれ以前、たぶんこの作者、宇宙戦争SFを読んだことがない。あったとしても片手に余る程度、そしてたぶんガン種は大好き。

作品評価以前に、その成り立ちが面白い。だって、そのジャンルの先行作品を読んだことがない……控えめに言えばどの作品の影響も受けていないということはつまり、そのジャンルに興味がないってことで、なのに興味のないジャンルの作品を一本書き上げて、経緯はどうあれ出版に至ったのだ。そのモチベーションは賞賛に値する。
 

祈りの茶―自分の中の大和魂を呼び覚ます

祈りの茶―自分の中の大和魂を呼び覚ます

ひょんなことから茶道の世界に足を踏み入れた著者によるエッセイ。第一部では、茶道の作法や季節感を読みやすくさわやかに伝えてくれます。それが第二部は「茶の湯から学んだ芸術至上主義」と大上段に振りかぶった話になるので驚いてしまう。第二部も読みやすいし、読めば主張はごもっともだし、その主張をただ文章に書くだけでなく、著者が着想した「祈りの茶」という茶事でも伝えようとしている、というのも大したものだとは思うのですが……。
 
認識錯誤された近代日本 物語ではない日本の真像

認識錯誤された近代日本 物語ではない日本の真像

これは凄い。

本書は前半で、近代日本にとって「終身雇用」とは何だったのかについて考える。一般に社会通念上考えられてきた終身雇用が軍隊組織に淵源があるとの仮定の下、その事実を軍人勅諭日本陸軍の「歩兵操典」から検証する。後半では、第二次世界大戦で、日本は負けるとわかっていた戦争をなぜしたかについて、過去の戦争からあらためて検証し直す。

論旨は『そもそも近代化とは西欧化であり、日本人には正しく理解し得ないものである。にもかかわらず、そのギャップを埋めぬまま日本は近代国家の体裁を整えていったために歪みが大きくなり、合理主義的なはずが極めて不合理な「願望が存在になる」信仰にとらわれてしまい、「一神教もどき」を形成し、そしてその神=国家に裏切られた想いを抱えて戦後を迎えた』といったところ。何となく印象論でも書けそうな内容ですが、著者はきちんと手間をかけ、軍人勅諭だの「歩兵操典」だの「軍隊内務書」だのといった史料に細かくあたって、日本がたどった近代化を検証しており、非常に説得力があります。
ただこの作品、近代精神史あるいは日本の戦争史としては間違い無く一級なんですが、上に引用した紹介文や帯はどうしたわけか終身雇用の話題にこだわっていて、どうにも売り方を間違っているようでもったいないです。
 

月風

月風

またも北海道移住の話! 今年の流行りだったのでしょーか?

戊辰戦争で逆賊の汚名を着せられ、士籍剥奪、領地没収の厳罰を処せられた仙台藩亘理伊達家。若き当主伊達邦成はお家再興を賭けて蝦夷地開拓に従事することを決意する。家臣、領民とともに蝦夷地に渡った邦成に、次々と苦難がふりかかる。時代に翻弄されながらも、蝦夷地開拓と伊達家再興に情熱を注いだ伊達邦成と、家臣・領民たちの姿を生き生きと描く。

こちらは純然たる歴史小説で、『北の零年』みたいな感じですね、観たことないけど。開拓の苦労はもちろんですが、明治の時代の流れに追い詰められていく士族の姿が描かれています。「逆賊扱いされた亘理伊達家が雪辱を果たすまでの物語」ともいえ、いささか薄めではありますが、普通に読める作品となっています。
 

前田利貞

前田利貞

こちらも「またも」の、郷土史料を基にした作品。といっても最初の着想だけで、基本的に歴史小説です。

加賀百万石、前田利家の六男利貞。関ヶ原の戦いで豊臣方につき、死亡したとされていたその名が、長野県安曇村の史料にいきなり登場。これは記述の混乱なのか、それとも……。戦の中に命と心をすり減らした武士が、諸行無常を知り、やがて大地に根差した生き方を選択したのだとしたら? 郷土史を研究する著者が大胆な推理を働かせ、歴史に翻弄される人間を慈しんで描いた物語。

というわけで、前田家というメジャーな一族の、利貞というマイナーな人物を主役に据えて、「実は生き延びていた」という物語が展開されます。しかしせっかくの「実は生きていた」設定ですが、利貞は表舞台に立たないのはもちろん裏舞台で暗躍することもない。長く危険な巡礼の旅に出たりはするのですが、寒村に百姓として生き、その地に骨を埋めんとする地味な生活を送ります。そらまぁ生き方としてはそれはアリですが、小説としては地味というか山場が無いというか……。ただこれもきちんと取材をして書かれており、巡礼の道中の描写や仏教の精神などは、なかなかに読み応えがあるものとなっています。