情報化時代はいつ始まったか

4月から始まった新番組で、最大のアタリは「発掘!鉄道記録映像」(MONDO21)だ。これは、60〜70年代に制作された鉄道関連の産業映画を紹介するという番組。「紹介」といってもおそらく全編丸々の放映で、「60〜70年代の鉄道記録映像に特化したNHKアーカイブス」を想像してもらえばよい。第1回「ひかりは西へ 〜新幹線岡山開業〜」(1972年)、第2回「生活のなかの鉄道 ローカル線」(1969年)が放映済みです。特に後者は「生活のなかの鉄道」といいつつ、その実「地方の生活路線はバスにお任せしていいでしょ? 俺たちにはローカル線はどうしようもないお荷物なのよ! 残せとか無理言うな!! 俺たちゃ幹線輸送と都市内交通でがんばるからさぁ、勘弁してくれよ」という国鉄のアピールでムチャクチャ面白いです。
この番組、なんといっても進行役のダーリンハニーがいい。「こいつら本当は鉄道なんて興味ねえだろ?」というくらいにしゃべらないため全く存在感が無く、貴重な映像の邪魔にならないのだ。まぁ、いてもいなくても変わらないのだから、いっそいないほうがいいと思うけれどそこまでは望まない。たまに口を開くとまるで的外れなことを(ウケ狙いで無しに)言うのだが、まぁ視聴者のテンションを下げる幕間というのもTV番組には必要だよな、うん。
で、番組の感想はいずれ気が向いたら書くとして、気になったのが「情報化時代」という言葉。「ひかりは西へ」において、新幹線の新大阪〜岡山間開通の効果をアピールする一節にこの言葉がでてくる。

丸5年の歳月と、2300億円、のべ1000万人にのぼる作業員を投入して完成したこの新幹線は、情報化時代にふさわしく、沿線各地域の相互交流を深め、東海・近畿・瀬戸内の三大経済圏をいま一日の行動圏に結びつけたのです。

なんか違和感を感じません?
ひとつは1972年に既に「情報化時代」という言葉を使っていること(後に一般的に使われるのは「情報化社会」ですが)。
そしてもうひとつは、「情報」ではなく「人間」そのものを運ぶ新幹線の整備について「情報化時代にふさわしく」と言っていること。
前者については、ウィキペで調べると「情報化時代がおよそ1972年から1992年まで続いたと推定される。」とのこと(「情報化時代」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)で、この映画が作られた当時の、時代を表す最新のキーワードだったと思われます。
問題は後者。上でリンクを貼ったウィキペの解説では「情報の動きが物理学的な動きより速くなった期間に適用される用語」とのことだから、これは意味が違っている。正しいか間違っているかの問題ではなく、「では一体どういう意味のつもりで『情報化時代』と言ったのか?」が実に興味深い。
想像で言うと、当時の意識では「情報」とはイコール「人間」だったのではないか。高速輸送によって人が行き交うことが、イコール情報の交流だった、と。
そこからもう一段、逆に「新幹線では運べないもの」を考えてみると、そこに「貨物」というものが浮かび上がってきます。
つまり、「新幹線は貨物輸送の用は成さない」という前提が共通了解事項として根底にあり、それを踏まえての「だけど人間(=情報)の交流においては極めて重要な役割を担っています」というアピールとしての「情報化時代」だったのではないか。
まー、根拠の無い想像でしかないんですがね。同時代の他の「情報化時代」の用例なんかも探して、併せて考えてみたいところです。