東京駅の猫の幻

前回(2月17日付)に続き、『話』昭和8(1933)年4月号の「東京駅物語」の話題。この記事で「東京駅の名物」とされているのに、今では全く言及されないものがあります。

その他東京駅の名物と云えば三匹の猫だろう。猫と云ったとて生きた猫ではない。天井と壁のつけ根にうづくまる、三匹の彫塑の猫である。何人が何んのためにつけたか判らぬが、一匹は乗車口の駅長室と一二等出札口の間の真上、一匹は一二等待合室の入り口の上、一匹は三等待合室の入口の上だ。何んでもないのだが、東京駅員は此の猫を大切にしている。縁起をかつぐのか若い待合のおかみさんや芸者が此の猫を尋ねて来て駅には不似合いな柏手などをうっていることもある。

誰が何のためにつけたかわからないのに名物と言われ、駅員に大切にされ、利用者には拝む者さえいた人気者です。貴志川線たま駅長会津鉄道のばす駅長の遠いルーツと言えるかも。

東京駅を建築した人々に電話で聞いて見たところ「何にか建築する時鉄骨でも出たのであまった漆喰で造ったんでしょう」との返事だったが、猫を考えついたところが面白い。

関係者に聞いても判然としない……っていうか「鉄骨でも出たのであまった漆喰で造った」って、またえらくアバウトだな! 猫を考えついたことよりそっちのほうが面白いよ(あくまで推測ですけどね)。あまった漆喰で、というと連想するのが土蔵の「鏝絵」ですが、あれと同様、左官職人が現場で勝手に作っちゃったんでしょうか。

タイトルカットに描かれた、猫と柏手。鼻先が長くてタヌキに見える。天井との境だから、ネズミよけのまじないの意味があったのかもしれません。

この猫たちですが、出自不明のためか、はたまた写真映えしないためか、写真(絵はがき含む)資料が見当たりません。また、戦災で崩落したか取り壊されたのか、どうやら現存していないらしい。ちょっとした幻です。鉄骨の梁を隠す飾りだったというなら、そうそう撤去できるものではないと思うのですが。

(続き↓)
http://d.hatena.ne.jp/UnKnown/20121007