メディアリテラシーに対する絶望

「東京事変」ドラマー逮捕=警察官に体当たり―警視庁

時事通信 2月12日(土)9時20分配信
 酒に酔って警察官に体当たりしたとして、バンド「東京事変」のドラマー畑利樹容疑者(34)=東京都三鷹市牟礼=が警視庁三鷹署に公務執行妨害容疑で現行犯逮捕されていたことが12日、同署への取材で分かった。
 東京事変シンガー・ソングライター椎名林檎さんを中心に結成された人気バンド。畑容疑者は「酒に酔って覚えていない」と話しているという。
 同署によると、10日午後8時55分ごろ、三鷹市牟礼の民家で、女性から「風呂場の窓ガラスが割られた」と110番があった。
 約10分後、駆け付けた男性巡査部長(31)が近くの路上に立っていた畑容疑者を見つけ、声を掛けたところ、突然無言で体当たりしてきたという。 

事件1・いきなりだが、夜の9時前だ。君はとある街を歩いている。そして知らない人の家の、風呂場の窓を割ってしまった。
君はどうする?
1.泥酔していたため、自分のした事の重大さに気付かずそのまま歩き去る
2.泥酔していたが、窓の割れる音に酔いがさめ、慌てて走り去る
3.しらふだったので、捕まったらヤバいと走り去る
4.しらふで、かつ事故だったので謝りにいく
いずれにせよ、10分も経った後まで現場近くの路上に居続けはしないだろう。
しかし君はどうやら、
5.窓を割った後も現場近くの路上に居続けた
らしいのだ。
 
事件2・今度は夜の9時過ぎだ。君は制服警官。風呂場の窓が割られたという通報があったので、型通り現場周辺を見てみることにした。するとちょうどいい具合に"不審者"がいる。君が声を掛けると……。
さて、どうなった?
1.男にはやましいところがあり、きびすを返して逃げ出した
2.男にはやましいところがあったが、言い逃れを目論んで、君の話を聞いた
3.男は潔白で、君の話を聞いた
4.男にはやましいところがあったが、強気で押し切れると思い、君に怒鳴りかかった
5.男は潔白だが、職務質問を不快に思って、君に怒鳴りかかった
いずれにせよ、声を掛けられていきなり無言で体当たり、という展開は無いだろう。
正解は、
6.男は泥酔しており足元がおぼつかなく、声を掛けられたことに気付いてこちらに近付いてくると、よろけて君にぶつかった
君はこれを「体当たり」として公務執行妨害容疑でしょっぴいた、だ。

……記事に書かれている事実を追うだけで、この程度のことは読めるのである。

しかし実際の記事は、「事件2」の容疑者イコール「事件1」の容疑者であるかのように印象を誘導し、「酔っぱらいに警官が絡んだ」だけの出来事を、TV放送自粛・新曲発売自粛に発展するほどのスキャンダルに仕立て上げてしまった。
わざわざ「女性から」と入れているのもあざとく、まるで覗き事件があったかのように見せている。別の記事では「「ドン」という大きな音がして、風呂場へ行くと、ガラスが割れていた」となっている。ガラスが割れたときにはおそらく照明は消えていたから覗き目的とは考えられないし、他の部屋にいても聞こえるほどの大きな音がした、と判断される。
また、別の記事は「道路上に畑容疑者を発見」「民家の前の路上で泥酔状態の畑容疑者を発見した」としており、あたかも「路上にへたりこんでいた(だから犯行後も現場付近にいてもおかしくない)」かのように印象づけているが、時事通信の記事は「近くの路上に立っていた」であり、こちらを採れば、一応は歩ける程度だったであろうと推察される。
(そしておそらく、時事通信のほうがより事実に近い。何故なら、もしも警官が「容疑者は道路に座り込んでいた(もしくは寝ていた)」と言ったなら、そのように記事に書くからだ。「道路上に〜発見」「民家の前の路上で〜発見した」と書く分には、「立っていた」ことを隠して印象を誘導しているだけであり、ウソを書いたことにはならない)
「酔っぱらい警官に絡んだ」わけでない、まして「酔っぱらいが警官に手を上げた」わけでもない。何をそう呼ぶのか「体当たり(乃至タックル)」であり、無言でというから動機もわからないのに(無論「よろけてぶつかった」が正解でない可能性もある、念のため)針小棒大もいいところである。
こうした記事は、一般大衆が求めるからこそこのように書かれるのだろう。「また誰か芸能人に薬物所持で捕まって欲しい、でなければせめて泥酔事件か暴行で」「田代まさしももうダメだし、また誰か芸能人に覗き事件で捕まってほしい」という需要があるから、それに応えてこうした記事になる。となると、メディアリテラシーなんてものは求めるだけ無駄なのかといささか絶望的な気分になる。
ただ、デイリーやサンスポは元よりそういう性格のスポーツ紙(大衆紙)、社会的な信頼の低いイエローペーパーだからいいとしても、日本に2社しかない大手通信社の一方、時事通信がこのような記事を流すようではと気が滅入ってしまう。

それにしても、「巡査部長は、不意打ちタックルに思わず転倒した」とか「巡査部長は尻もちをつき」とか、なんぼ不意打ちとはいえ泥酔者の体当たりで転ぶとは、情けない警官もいたものだ。たぶん関係無いが、「転び公妨」という言葉を思い出す。

フリー百科事典ウィキペディア「転び公妨」
名称の由来は、警察官が被疑者に突き飛ばされたふりをし、自ら転倒して対象者に公務執行妨害罪を適用することからきている。特に第三者から見られないような状況を選んで、触れてもいないのに暴行を受けたと言いがかりを付けて無理に逮捕するなどの事例が存在する。

いや、マジで関係無いと思ってますよ? たかだか(といってはなんだが)ガラスを割ったくらいで、容疑も固まってないのに、こんなテクは使わんでしょ。

(以下2月17日追加)
毎日新聞、記事自体は 2011年2月12日 11時12分付 だが今になって見つけた。

公務執行妨害:「東京事変」ドラマー逮捕 警官に体当たり

 警視庁三鷹署は、歌手の椎名林檎(りんご)さんが所属するバンド「東京事変」のドラマー、畑利樹容疑者(34)=東京都三鷹市牟礼6=を公務執行妨害容疑で現行犯逮捕した。

 逮捕容疑は、10日午後9時ごろ、三鷹市牟礼6の路上で、近くに住む女性から「風呂場のガラスを割られた」と110番を受けて駆け付けた同署の男性巡査部長(31)に体当たりした疑い。巡査部長にけがはなかった。

 同署によると、畑容疑者は職務質問しようと声を掛けた巡査部長の腹に抱きついたという。当時は酒に酔っており「覚えていない」と話しているという。【馬場直子】
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110212k0000e040029000c.html

……ええと。「男性巡査部長(31)に体当たりした」なのに「巡査部長の腹に抱きついた」? どっち? 馬場記者が勝手に「腹に抱きついた」と加えたとは思えないんだが、なんで他紙は触れないの? それどころかなんで「タックル」になってるの?
……ひょっとして、警察発表は「体当たりした」だけど、質疑応答で事の経緯を詳しく訊いてみたら「腹に抱きついた」という答だったとか? そしてどうして抱きつかれた程度で尻もちを突くの?



男性巡査部長(31)(…ったく、窓ガラスが割られたくらいで捜査なんてやってらんねーよ。何の証言もできなさそうな酔っぱらいをテキトーに公務執行妨害容疑でしょっぴいて、「どうやら犯人らしいけど証拠不十分で無罪放免、酔ったうえでのことだから勘弁してあげてね」でカタぁつけるか。おっと、おあつらえ向けのがいたぞ。「ちょっとそこの君」とかいって近付いて、うまいうまい、よろけてくれた、そんじゃあ腹で受け止めて「うわああたいあたりだー。どしーん」と尻もちだ。「はーい、公務執行妨害ね。署まで来てもらいましょ」はい一件落着。……え!? 何!!? コイツ芸能人なの? まいったなこりゃ。ま、いいか。あんだけ酔っぱらってたんだ、どうせ何も覚えちゃいないさ)