幻の?百合(エス)ブーム

(承前)百合(エス)ブームの歴史に対するネット上での言及を横断すると、大正時代から昭和初期にかけて吉屋信子らの少女小説によるブームがあり、その後、矢代まさこの「シークレット・ラブ」など60年代の少女漫画が伏流として存在し、1983年の「セーラー服百合族」で百合という言葉が広く人口に膾炙、レズビアンが注目されるのに並行して「百合もの」もジャンルとしての性格を帯びる、という流れのようだ。
しかし、色々と見ていて気になったのが、そこに現実の風俗やブームがどう関わっているのか、言及が見られなかったことだ。というのは、私は60年代のエスの状況を描いた漫画を知っているからである。ストーリー漫画ではなく、その時々の世相やブームを取り上げた軽いコメディ漫画、上田としこの「お初ちゃん」中の一編。1965年初出の「やっぱり本郷さんネ!」の回が、エスブームの狂奔を主題にしているのだ。
なにせ冒頭の台詞が「いまや学園はエスの花ざかり!」「ちょっとしたブームね」である。エスの申し込みに胸を痛める「S患者」や、Sの世界のラブレターであろう「Sレター」などといった、興味深い専門用語もみられる。また、S患者に「異性愛派」が対照され、「Sはスポンサー、恋人はハンサムな男性、夫は実力ある男性ネ」といったドライな台詞が語られるなど、なんというか現実的な内容だ。
実はこのマンガ、ウェブ上で無料で読める。デジタルマッツ(http://www.mutts.co.jp/)中のコミック復刻連載「お初ちゃん」がそれで、単行本あとがきから抜粋された作品解説には「あの当時のハヤリ言葉がポンポン出てくるし、最新流行のファッション、風俗、スポーツなどもふんだんに取り入れられている」とある。エスもまた、文学的な関心事として取り上げたのではなく、当時の流行ととらえるのが自然だろう。
しかし、今のところこれ以外には60年代のエスを取り上げたものを見つけることができない。謎は尽きないが、あいにく私の興味が尽きてしまった(苦笑)。当時の俗な雑誌をあたればあるいは何かがあるかも、と思うので、そのうち大宅文庫大学図書館に行ったときに、ついでに調べてみます(どうでもいいが、先日2年ぶりくらいに母校へ行ったら校舎がひとつ無くなっていてビックリしたよ)。