深夜のタクシー

梅雨のさなかの蒸した夜のことだ。
埼京線の最終電車を降りた午前零時35分、わが街さいたま新都心を歩いていると、道の向こうから「点滅」が近づいてきた。
タクシーの行灯だ。
屋根の上の行灯をうす赤く点滅させたタクシーが、走っている。
(おいおい、あれってタクシー強盗とかのときに非常事態を報せるサインだろ!? まさか実際に見るとは…)
だがそのタクシー、それ以外に変わった様子は無い。
時速30、40kmくらいだろうか、ごく普通のスピードでただまっすぐ走ってくる。
走ってくる……走ってきて…走り去った。
横断歩道の信号が変わるのを待つ私の前を、そのタクシーは走り去っていった。
私は当然、タクシーの車内に注意を払っていたのだが、後部座席に誰が乗っているようにも見えない。運転手ひとりだ。
なんだ、ただの誤操作か。私は安心する半面、かすかな不安を感じていた。
それは単に、私には見えなかっただけではないか。
私には見えない何者かが確かに乗っていて、運転手を脅かしていたのではないか。
そんなことを思う間に、タクシーは視界から消えてしまっていた。