「民営化で誰が得をするのか」の詐術

新書384民営化で誰が得をするのか (平凡社新書)

新書384民営化で誰が得をするのか (平凡社新書)

ううむ。ざっと一読すれば、日本における公社民営化の経緯と問題点を、海外の事例紹介もまじえながら、あまり好意的でない視点で、しかし冷静に解説した一冊……のように見える。しかし、小さな引っかかりがいくつかあり、それらのために全体の内容についてまで疑わしく思っている。その引っかかりは作文術、執筆姿勢に深く関わるものだからだ。
ひとつはp31。

〇六年七月、埼玉県ふじみ野市が民間委託した市営プールで小学生女児が水死した事故は、安易な民間委託への警告となるものである。

いやいや、そりゃ委託した業者が悪質だっただけで(見る目の無さという問題はあれども)、民間委託それ自体の問題じゃないだろ? つか、純然たる市営であっても同様の事故が起こる可能性は充分あるし、そのときはそのときで「"お役人"のぬるま湯体質が招いた悲劇」とか非難するんじゃないの? 
もうひとつはp192。

規制緩和裏目に出た例として、〇五年四月のJR福知山線脱線事故もある。〇一年に車体重量や車輪の大きさなどの数量基準を廃止しており、車体の軽量化などでコスト削減や効率化を進めようとする鉄道会社の安全軽視が指摘された由である(〇六年六月一九日付朝日新聞

まさか今さら軽量車両原因説を読むことになるとは。あれは事故発生直後のごく短い時期に喧伝されたのみで、事故調などには全く無視されてるのだが……。つか、コスト優先安全軽視を指摘するなら、新型ATS整備の遅れを挙げればいいし、あるいは「民営化→苛烈な労働環境→運転士の過度な精神的ストレス→速度超過」というストーリーのほうが、この本全体の方向性にもあっているのに、なんでまたこんな話を持ち出してきたのやら。

単に指摘が的外れなだけならまだいいのだが、この著者は妙に「慎重」で、それがかえってカンにさわる。
ためしに「直接の事故原因は民間委託じゃないでしょ」「軽量化は事故とは無関係でしょ」と言ってみよう。著者はきっとこう答えるはずだ。
「いやいや、よく読んでくださいよ。私はそんなこと言ってませんよ?」
そう、著者はあくまで印象を誘導しているだけ。内容の責任を問われるような断言は避けているのだ。よくよく読めば、「民間委託への警告となる」であり「民間委託が原因とみられている」とは言っていない。「安全軽視が指摘された」であり「車体の軽量化が原因のひとつと指摘された」とは言っていない。いやはや、見事な作文能力である。
これを詐欺とはあえて言わないが、詐欺師のテクニックであることには違いあるまい。
一方で評価に困るのがp75。

また〇五年末、米国が日本政府に出してきた年次改革要望書の中で「米国の関心は、郵政民営化で銀行、保険、貨物分野において、米国企業を含む民間企業に不利益が生じないようにすることにある」と強調した由である(〇六年一月七日付日刊ゲンダイ)。

ソースを明記するのは物書きの態度として立派なものだとは思う。思うけれど、「日刊ゲンダイがソースかよ!?」とツッコミは禁じえない。「何が掲載紙なのかは大きな問題ではない、重要なのは記事そのものの内容だ」という考えに基づいての「イエローペーパーにもクオリティペーパーと同等にソースとしての価値を認める」てな方針であれば、それはまあ私好みではある。
だけどね、それ以前の話として「一次資料を当たればいいんじゃね?」と。
アメリカの年次改革要望書だとはっきりしているのに、何故にその一次資料を参照しないのか。この中途半端な執筆態度に対する不審と、先ほどの詐術への不審とが合わさって、どうにも身構えてしまうのだ。