科学的根拠の誤解

以下は「EBMについての一般向けの解説本がでないかな」という期待の表明です。相当にいい加減な部分があります。誰かしら専門家=EBM・EBHをきちんと把握している人に、こういう方向性での「テレビのダイエット情報の正しい見方」を解説して欲しいと期待します)

あるある大事典II」で紹介されて、巷に納豆買い占めを起こしたという納豆ダイエットとは、こんなものだそうです。

『朝と晩に納豆を、それぞれ1パックづつ食べる。
 その際、よくかき混ぜて20分放置すること』
DHEAというホルモンに、高いダイエット効果がある。そのDHEAを増やすのが大豆に含まれるイソフラボン。そして大豆製品の中で、最も効率よくイソフラボンを摂取できるのが、発酵食品である納豆である。
DHEAを増やすのに必要なイソフラボンの量は、納豆2パック分に相当する。また、血液中のイソフラボンの量を一定のレベルに保つため、朝と晩に分けて食べるのが効果的。よくかき混ぜて放置するといいのは、基礎代謝を高めてやせやすい体にするホルモン「ポリアミン」を増やすのに必要だから。

そして「男女8人を対象に様々な形で納豆を食べてもらって効果を検証」「2週間後に数キロやせた」という結果を得た……けれど、それが捏造だったとのお話。

私などは「たとえ結果が捏造でなくとも、なぁ?」と思いますが、現に信じてしまった人は多々います。その人たちはなぜ信じたのでしょう? 捏造だった結果の部分をさておくと「科学的根拠が示されていたから」との答が返ってくるものと思います。実際、捏造発覚後も関係者は「納豆にダイエット効果の学説があるのは事実」と、その点は譲りません。

どうも、一般に科学的根拠とは「大豆イソフラボンがDHEAというダイエット効果をもつホルモンを増やす」の部分だと思われているようです。しかし、実際に医療・保健の分野で「科学的根拠」(エビデンス)と呼ばれるものは、ぶっちゃけた話「結果の統計」なのです。以下、説明用にでっち上げた例を元にして、とりあえず雰囲気だけでもお伝えします。

A県a市に住む40〜69歳の肥満度1(BMI25以上30未満)の男女1000人を、
【A・納豆を1日2パックかきまぜてから20分放置して食べるという食べ方で毎日摂取する/1日20分の有酸素運動を実施する】 
【B・Aグループと同様に納豆を摂取するが運動を習慣づけない】 
【C・納豆摂取量が週1パック以下/1日20分の有酸素運動を実施する】 
【D・納豆摂取量が週1パック以下/運動を習慣づけない】
の4グループにわけて追跡調査を行った。
6ヵ月後、1000人のうち200人の肥満が解消された。各グループを比較対照したところ、納豆摂取量と肥満解消との間に有意な相関はみられなかった。

こんな感じの調査を何度か重ねて、「納豆ダイエットには効果が期待できないという科学的根拠が得られた」となります。

どんなにもっともらしい「なぜ効果があるのか」の説明があろうとも、サンプルたった8人のわずか2週間の調査では「結果が出た」とはいえません。それが捏造でなくともです。そして、それを元にした情報にはつまり「科学的根拠は無い」ということです。

さて、上の例のような結果が示されたなら、こんな反応が予想されます。

α「じゃあイソフラボンがDHEAを増やして云々という説明は間違いなんですか?」
Ω「『納豆ダイエット』には効果が期待できない、ということです」
α「? つまり説明は間違いだったんですね?」
Ω「この研究は『どう効くのか』という作用機序自体を検証するものではありません。だから、機序の説明が否定されたわけではありません。言えるのは『納豆ダイエット』には効果が期待できない、という結果が出たということです」
α「??? 要するに納豆なんて食べなくてもいいってことですか?」
Ω「A、Bグループのなかの肥満が解消された人は、ひょっとしたら納豆の効果かもしれません」
α「食べたほうがいいんですか?」
Ω「AグループとCグループ、BグループとDグループとでそれぞれ比較すると、肥満が解消された割合に差はありませんでした」
α「私はどうしたらいいんですか!!?」
Ω「そもそもあなたはB県b市にお住まいだし30歳だしBMIは30を超えているから、この研究のサンプルとは異なります。だから結果も異なるかもしれません。あなたには『納豆ダイエット』が効果的かもしれない。その可能性はゼロではありません。ただし私は、あなたにも効果は無いだろうと思います」

Ωさんは不自然に慎重過ぎますが、これはあくまで説明用とご勘弁。ここで重要なのはまず「どうしてそれが効くの?」はあまり重要ではないということ(もちろん機序がある程度以上はっきりしていないと、そもそも試験にかかれないのですが)。そしてもうひとつ、「いずれにしても科学的根拠とは判断材料であって答ではない」ということです。
でもどうしてか普通の人は科学というと答を求めるんですよねえ。自分自身では何も考えずに済むような、でもわかった気になれる、明確な答を。そこのギャップが、いわゆる「科学離れ」の一因だったり、トンデモ本疑似科学、そして「簡単たちまち効果!」のダイエット法が常に一定の信者を集めつづける理由だったりするのでしょう。
(つづく、かも)