過疎地帯の文化と狂気

過疎地帯の文化と狂気―奥能登の社会精神病理

過疎地帯の文化と狂気―奥能登の社会精神病理

14日に池袋のトイザらスに行った折、サンシャインシティ古書市で購入。定価1500円、だいぶ傷んでいたが購入価格は840円。『過疎地帯の文化と狂気 能登の社会精神病理』なんてタイトルからキワモノを期待していたのだが、開いてみたら真っ当なフィールドワークの成果報告&症例報告だった。
恥ずかしながらこれまで「比較文化精神医学研究」なんて学術分野があるとは知らなかった。この本の場合は「奥能登における文化と精神病理のかかわり方に関心を」抱いたことを研究の動機として、フィールド・ワークをその方法論としている。手法だけでなく内容もかなり比較文化論とクロスオーバーしており、私にはまずそういう観点で面白い本だ。
初版が1977年。「いわゆる近代化」が日本の端のほうにまで及ぶなかで「いわゆる伝統」が失われていった、そういう時代だ。何せその頃のジャパンときたら、既にディスカバーされるものとなっていたほどだしな。
そんな時代の、伝統の維持と崩壊とで揺れる奥能登の過疎地帯で、精神性疾患の症例研究とそれを招く地域性についてフィールドワークを行った。だからこの本は、その時代の生活と文化の移ろいを、そして人々の精神の変化を、比喩でない「病理」の側面から捉えているといえる。この内容をそのまま今の精神医学に適用することはできないだろうが、現代民俗研究あるいは現代文化史の資料としての価値は、時を経たからこそ増しているとさえいえるだろう。
また、例えば下に引用した部分のような、ここだけで読むと鼻白むような、眉につばを付けたくなるような「正論」も、時代と土地と人とが詳細に書かれた上での結論だから、実に強い説得力を帯びている。

とりわけK子の症例をみると、真の故郷の回復とは、「人と人との結び付きの回復」ではないかと思えてくる。私たちは、このように考えるときに初めて、奥能登だけでなく日本国中、いや世界の辺地に至るまで、伝統文化が崩壊しつつあり、のみならず伝統的価体系がゆらぎ、しかもいまだ依拠すべき新しい価値体系すら見出せないような現代の文化的状況においても、うつ病者に対して精神療法的に接近しうるように思われる。

思いがけずに入手した良書であった。