初心者のためにならない「規範」

初心者のための「文学」

初心者のための「文学」

大塚英志の考える「文学とはかくあるべし」を、日本の近代史と交えながら解説した本。個々の作品について、ディテールと時代背景をつぶさに確認しながら読み解くという構成は、初心者のための「物語」読法指南の役割をそれなりに果たしているといえる。

しかしぶっちゃけた話、「文学」の解説としては規範批評でしかなく、その点で嘲笑う者も多かろう。ええと、「かくあるべし」と大塚が考える文学の要件を満たしていないから、この作品はあるいは今現在の文壇に文学とされている作品はダメなのだ、というスタイルの批判のことね、念のため。一般に(どこの「一般」かがまた問題なのだが)規範批評は、評論としては下の下と扱われます。

しかし、あえて私はその点では大塚を批判しない。大塚はおそらく、規範批評であることは承知のうえで「それでもなお、初心者が文学を理解するにはまずここから始めるべきだ」との考えをもって、これを書いたものと思う。そして実際、「文学」とかつて呼ばれたものが何だったのか? の理解を大いに助けてくれる。規範批評によって、文学の規範、アウトラインを明らかにする……それが大塚の狙いだろう。

問題はやはり、大塚の「かくあるべし」が本当に文学の要件なのか、という点。その規範は本当に「文学」を言い当てているのか、一般論と読んでいいのか……という問題だ。その点、本書は大塚の主張が強すぎて「初心者」に読ませるにはいささか危うく感じられる。初心者の多くは「著者との距離の取り方がわからない人」だろう。だから「なるほど、大塚英志は文学をこう理解しているのか」という距離をとれずに「なるほど、文学とはこういうものか!!」と全て信じ込む危険があるし、逆に主張の一部だけをとらえて「大塚は反国家的だからこの本には一顧の価値もない」と思い込む者もあろう。「エロ雑誌の編集上がりで漫画原作だのガキ向けの小説だの書いてた奴がおこがましくも文学語ってんじゃねーよプゲラ」という、初心者にすら及ばぬクズはこの際無視しとけ。

とまぁ、ちょいとばかり危ういところはあるけれど、慎重に読みさえすれば(つーか慎重に読めないから初心者なんだけどね)、日本がたどってきた近代と、文学との関わりを把握するのに十分に役立つ(「役立つ」であって「面白い」とは…)本だ。文学に興味がある(「小説」「物語」「虚構」に興味があっても「文学」には興味がないという人には勧めない)「初心者」であるならご一読を(結論としては「あまり勧められたものではない」)

蛇足ながら、規範批評がなぜ馬鹿扱いされるのかちょろっと説明。まずひとつは、規範が仮に、自然科学分野の法則並に大多数の共通了解事項ならばいいのだけれど、人による差異が大きいということ。そしてもうひとつは「ためにする批判」に陥りがちなこと。大塚はうかつにも、あとがきで「今は「文学」はどこにもない」と書いてしまっている。これは「今は「文学」の要件を満たすものはない」という意味ではなく、「今はどこにもないものが「文学」である」という規範の裏焼だ。あるいは因果が逆で、この本を成立させるための大原則に「今はどこにもないものが「文学」である」があるため、「今どこかにあるかもしれない「文学」」は排除されてしまった。このあたりのねじれも、やはり初心者には危ういのだ。