地図にない二十万都市

地方都市に囚われた、哀れなプリズナーたちの物語『サマー/タイム/トラベラー (1) (ハヤカワ文庫JA)』『サマー/タイム/トラベラー (2) (ハヤカワ文庫JA)』の話題を再び。舞台となる辺里市の地図が、時代を追って何葉も掲載されていることがこの作品の特徴のひとつだが、さてこの(住民曰く)二十万都市、日本地図の上ではどこに描かれるのだろうか?
あれこれと考察するまでもなく、作中の描写からまず長野県下であることは確定だ。ところが、2巻p75にある以下の記述によって、逆説的に日本地図上の何処でもないことが明らかにされたのである。

JR東山本線辺里駅。青梅経由で立川まで続く雪まみれの線路。この街で東京にいちばん近い処に。

手元の地図帳を広げてほしい。そして「長野県(とりあえず県内ならどこでも可としておく)から青梅を経由し、立川に至る鉄道路線」があるとしたら、どういうルートかを検討してみてほしい。明治33(1900)年開業の設定だから、長大なトンネルを造る技術が無い時代に、勾配を避けて敷設されたはずだ、という点を忘れずに。
……結論をいえば、「青梅経由」はありえないのである。長野方面から青梅に通じるには、いくつもの山を貫かなければならない。私は地図を見るまでは「谷間を縫っていけばあるいは……」と思っていたのだが、笑えるほどに山ばかり。「ならば山を回りこむようにして青梅を通っているのか」と思ったが、しかし青梅はすでに山の中だ。長野のどこを出発点と想定しても、立川まで行くのにわざわざ(山を登って)青梅を経由するルートなど考えられない。
しかしこれが、新城カズマのミスだとは思えない。いや、ミスであるはずがないのだ。あえて「青梅経由で」と書く必要など無いのだから。単に、辺里市がどのあたりかをほのめかしたいだけならば、実在した信越本線になぞらえて「高崎経由で赤羽まで」でもいいし、中央本線ルートで「小渕沢経由で八王子まで」でもよかったのだ。
そもそも、信越本線中央本線のルートは五街道の中仙道・甲州街道をなぞるものであり、ある種の必然でもって鉄道が敷設されたルートである。東山本線がこれ以外のルートをたどっているとなると、実に日本の地理からして、我々の知る日本とは異なるものでなければならないのだ。
さほどに、ゆるがせに出来ない事実であり、新城カズマがこれを知らないとは到底思えないのだが、何故かその事実を無視して「東山本線は辺里から青梅経由で立川まで続く」。
これは一体、何故なのだろう?(と、答無しでとりあえず終わり)