怪奇大作戦#2

黒の試走車 (岩波現代文庫)

黒の試走車 (岩波現代文庫)

「黒の試走車」は産業スパイ小説というか企業小説。
「黒の思想社」だったりしたらカルト教団かテロ組織か。
「クロノスソーシャル」だったら……人が言葉を得てより以来、歴史の背後で世界を動かしてきた秘密結社とか裏社会とか厨二病的なナニやらか?
「試走車」と書いて「テストカー」で読むんじゃね? というツッコミは勘弁な。
ちなみにTVドラマ『ザ・ガードマン』には「死の試走車」という回があって(1968年放送)、前年デビューしたばかりのホンダN360がテストコースを走っている映像などが盛り込まれておりました。ストーリーは覚えてません。
などと無意味な前振りはさておいて。
怪奇大作戦』第2話「人喰い蛾」は、自動車の開発競争に絡む産業スパイの話でした。これも「死の試走車」と同じ1968年の放送で、この時代の自動車産業の隆盛そして企業間競争の厳しさがうかがえます。導入部で殺害される被害者が乗っているのがヨタハチで、どうやらトヨタが撮影に協力した模様。テストコース上に設けられたバンクやデコボコ道を走るトヨタ2000GT、などというちょっと珍しい映像も出てきます。
ところで先日のエントリ「70年代のクルマと社会」( http://d.hatena.ne.jp/UnKnown/20110501 )の復習かたがた、こんな本を読んでます。
クルマでわかる! 日本の現代史

クルマでわかる! 日本の現代史

ざっと日本の乗用車の歴史を振り返ると、占領下では国内開発・生産は禁じられ、50年代に日産はオースチン車の、日野はルノー車のノックダウン生産によってノウハウを蓄積。55年に純国産のトヨペット・クラウンがデビュー。60年代に入ると高度成長の波に乗り、モータリゼーションを迎える、といった流れとなっております。

この点を踏まえると面白いのが、「人喰い蛾」の黒幕の設定。「逮捕した男の証言で、事件のバックに巨大な外国資本が日本上陸を狙っていることがわかった」と、ラストのナレーションで説明されます。ほんの10年前にやっとこさ純国産車ができたばかり、日産オースチンは60年まで、日野ルノーは63年まで生産が続いていたというのに、68年時点ではもう海外資本は侵略者扱いなんですな。この時期の日本の自動車市場の拡大、国内メーカーの成長が急激なものだったとうかがい知れます。

フラバという毒蛾の正体は?

最近は「フラッシュバック」を略して「フラバ」と言うそうですが、それとは関係の無い「フラバ」の話。
怪奇大作戦』第2話でSRIの牧さんが「昭和30年頃にも、フラバという毒蛾が発生したじゃないか」なんてことをおっしゃいます。はてさて、どんな毒蛾だったんだろう?
「フラバ 毒蛾」でググってみると、こんな記事がヒットしました。

『shumi-shumi』2010.04.25付
http://foron-web.jugem.jp/?eid=704
 
「『銀座二十四帖』と昭和30年の銀座」
 あと、劇中で気になったのは、大坂志郎北原三枝の背中の跡を見つけて「どうしたの、これ」と聞くと、慌てて「触っちゃだめ。ユプロクチスフラバ!」と言うシーン。「ははぁ、例の毒蛾ね」と続くので、毒蛾による炎症らしいことは判るのですが、調べてみると、この年の夏には全国的に“Euproctis flava”という毒蛾の被害が多発したようです。
当時は「ユプロクチスフラバ」といえば誰もが「ああ、例のヤツね」と理解する、説明不要の言葉だったのでしょうが、今となっては何のことやら。こういうのも、一種の忘れられた流行語ですかね。

映画の台詞になるほどの大騒動だったようです。そこでさらに Euproctis flava でググってみると、「ドクガ Euproctis flava とその病害に関する研究」なんて学術論文もヒットしました(http://ci.nii.ac.jp/naid/110003823377)、これも1958年(昭和33年)のもので、昭和30年(以降?)の大発生に対応したものとみられます。
ユプロクチスフラバはなぜ昭和30年の夏に大発生したのか、なぜその後は名前を聞かれなくなったのか? 第3編にこうあります。

古くから日本各地でドクガの大発生はみられていたのであるが, 最近に到つて, 大きな社会問題となつた.この理由について二・三考察したが,大きな原因は人間の心理的, 社会的な変化に基くものであろうと推察した.
(ドクガ Euproctis flava とその病害に関する研究 : 第 3 編疫学的研究)http://ci.nii.ac.jp/naid/110003822517

意訳すると、「毒蛾の大発生なんて昔からありふれた出来事。変わったのは蛾ではなく、それを大げさに騒ぎ立てる世の中のほうなんじゃねーの?」と言っている。これ、社会心理学の研究などではありません。国立予防衛生研究所衛生昆虫部の人が「人間の心理的, 社会的な変化」が大きな原因だと言ってのけています。
さて、ではEuproctis flava とは何なのか? euproctisはドクガ、flavaは黄色という意味。となると「キドクガ」? しかしキドクガは Euproctis piperita というらしい。どうもどこかの段階で学名が変わったようで判然としないのですが、" Euproctis flava Bremer " でググった結果などと併せて見ると、確証はありませんが、これは日本を含む極東に生息する毒蛾、チャドクガを指しているようです。



「昭和30年のフラバの大発生というのは、数年に一度は起こるドクガの大発生のひとつに過ぎなかった。だが、誰か学者かどこかのマスコミが「ユプロクチスフラバ」という語を用いてその現象を説明。その語感の目新しさと現実に受けた被害とが絡み合って、ユプロクチスフラバの語は広く人口に膾炙した。だが、あまりに急速な普及だったため「流行語」として消費され尽くされてしまう。何年か後に再び毒蛾の大発生があったが、その時にはユプロクチスフラバではなく、チャドクガもしくは単にドクガと言われた。そして『フラバという毒蛾』は『昭和30年頃に発生した毒蛾』と記憶されるに至った」



なんて推測ではどうでしょうか。
ただこれは、この調べ物の出発点である『怪奇大作戦』(1968年)に「フラバという毒蛾が発生したじゃないか」という台詞の説明としては、いささか強引なのが困り者です。