東京駅の猫は幻

2月18日付エントリの続き。リンク先まで見に行かなくても分かるよう、同じ話をちょっと繰り返します。

『話』という戦前の雑誌、昭和8(1933)年4月号に「東京駅物語」という記事があります。その中で「東京駅の名物」とされながら、今では全く言及されないものがある。

その他東京駅の名物と云えば三匹の猫だろう。猫と云ったとて生きた猫ではない。天井と壁のつけ根にうづくまる、三匹の彫塑の猫である。何人が何んのためにつけたか判らぬが、一匹は乗車口の駅長室と一二等出札口の間の真上、一匹は一二等待合室の入り口の上、一匹は三等待合室の入口の上だ。何んでもないのだが、東京駅員は此の猫を大切にしている。縁起をかつぐのか若い待合のおかみさんや芸者が此の猫を尋ねて来て駅には不似合いな柏手などをうっていることもある。

誰が何のためにつけたかわからないのに名物と言われ、駅員に大切にされ、利用者には拝む者さえいた人気者の猫です。貴志川線たま駅長会津鉄道のばす駅長の遠いルーツと言えるかも。

東京駅を建築した人々に電話で聞いて見たところ「何にか建築する時鉄骨でも出たのであまった漆喰で造ったんでしょう」との返事だったが、猫を考えついたところが面白い。

関係者に聞いても判然としません。……っていうか「鉄骨でも出たのであまった漆喰で造った」って、またえらくアバウトな話だな! 猫を考えついたことよりそっちのほうが面白いよ。あまった漆喰で、というと連想するのが土蔵の「鏝絵」ですが、あれと同様、左官職人が現場で勝手に作っちゃったんでしょうか。

タイトルカットに描かれた、猫と柏手。鼻先が長くてタヌキに見える。天井との境だから、ネズミよけのまじないの意味があったのかもしれません。

この猫たちですが、おそらく現存していません。そればかりか、出自不明だからか写真映えしないためか、写真(絵はがき含む)資料も見当たりません。ちょっとした幻です。鉄骨の梁を隠す飾りだったというなら、そうそう撤去できるものではないと思うのですが……。

今般、東京駅が創建当初の姿に復原・開業された機会に、猫たちはどこにいたのか、そして今どうなっているのかを確かめに行ってきました。
まずは位置の確認。

徹底図解!!よみがえる東京駅 (洋泉社MOOK)

徹底図解!!よみがえる東京駅 (洋泉社MOOK)

『徹底図解!!よみがえる東京駅』(洋泉社)p41掲載の絵葉書や、p34の図面を参考にしました。


【一匹は乗車口の駅長室と一二等出札口の間の真上】 駅長室がどこかわからなかったのですが、一等待合室・二等待合室に続く廊下のはじめに「出札所」があり、おそらくは(1)の位置でしょう。
【一匹は一二等待合室の入り口の上】 この図面だと一等待合室・二等待合室が別々になっているので、二カ所になりますが、(2)の位置のどこか。
【一匹は三等待合室の入口の上】 (3)の位置のどこか。
現在はいずれも、「東京ステーションホテル」館内となっています。

駅としてのスペースではありませんが、見咎められることなく中に入ることができます。これは工事完成記念の特別公開とかでなく、地下のレストランなどの利用のため。ただ、今のところは冷やかしというか、見物客がゾロゾロといて、私もそれに紛れて中に入ってきました。



えー、結論から言うと「廊下の位置から変わっていました」。これでは現存もへったくれもありませんね。
昭和8年の雑誌記事に書かれているということは、やはり空襲を受けた際に崩落したか、その後の復旧工事の際に取り壊されたのでしょう。現状していないのは予想どおりで、今さら寂しいという話でもありませんが、昨今あれこれと東京駅関連の書籍・雑誌が刊行されているのに、この三匹の猫を取り上げたものがないのは少々不満です。
あるいは逆に「東京駅の名物と云えば三匹の猫だろう」というのが言い過ぎで、実は大したものでもなかったのかもしれませんが……。

(続き↓http://d.hatena.ne.jp/UnKnown/20151023/p1