痛車のルーツは?

「痛車」〜自動車界に登場した超新星 日本独自のカスタマイズ文化が世界に進出する?
(日経ビジネスオンライン2008年9月1日)
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カスタム車界でいま赤丸急上昇中のホットなジャンルがあります。「イタ車」と言います。イタリアンカーではありません。痛い車と書いて「痛車(いたしゃ)」と呼ばれるものです。
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痛い車……。知らない方々には全くイメージが湧かないでしょう。いろいろ語るよりまずモノを見ていただいた方が早いでしょう。右の写真のようにオタク系なアニメの美少女キャラクターがデザインされた車が痛車と呼ばれます。なぜ「痛い」のか。それは、普通の人から見て痛々しく感じるという意味です。
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てな書き出しで、カスタムカーの専門誌を手がけている芸文社の編集長への取材なども交えながら、川口盛之助ならではの分析によって痛車の状況を解説してくれる。
読者のコメントでも言及されているが、Forza2起爆剤になったというバーチャル>リアルの転倒や、インターネットによるワールドワイドな伝播について取り上げていないのは不満だが、それ以外はなかなかに的を射た、コンパクトながら読み応えのある記事だ。
さてこの痛車、10年ほど前に生まれたとある。ということは、いわゆるラッピングバスの普及とも歩を合わせていることにならないかな? と調べてみた。
参考:「萌えるラッピングバス 萌えバス萌え!」
ううむ、初代あずまんがバスが00年10月〜01年3月か。同時期ともズレてるともいえる微妙な時期だが、やはり影響はあったのではないか。「こんなふうにデカデカと、車全体を使って好きな作品をアピールしてもいいんだ!」と刺激を受け、手法を私有化したものが痛車だと捉えると、広告史ひいては消費文化史のテーマとしても面白そうだ。
広告が、「広告されているもの」や「広告が提案するライフスタイル」ではなく、「広告の手法・デザイン」への欲望を刺激してしまったのである。さらにいうと、広告の手法が自己表現に用いられていることも、今日的な文化の一側面といえそうだ。
無論、手法を模倣したくなる欲望というのは昔からあったけれど、例えば「ディスカバー・ジャパン」のポスターを見て「こういう写真が撮りたい」と思ったならば国鉄の列車で出かけることになり、広告は本来の機能を果たしたことになる。痛車にはそれとは次元の異なる、もっと純粋に「手法」のみに対する欲望があるように思える。
また、同じ頃に世界ラリー選手権WRC)において日本車が大活躍したこと、そのペイントを自家用車で再現したレプリカが普及したことも源流として忘れてはならないだろう。あれもまた広告なのだから。ただし、あのレプリカの動機は「広告の手法・デザインへの欲望」ではなく「憧れの競技車を私有したいという欲望」だから、また別のお話。
まぁいずれにせよ、痛車痛車として認知された後は、ラッピングバスとも関係無しに広まっていっただろうから、広告だ手法だ欲求だという話は今や全く関係無いか。