「空気を読む」の行き過ぎは格を下げる

日経ビジネスオンライン(NBO)、2月22日付の記事「全駅下車、鉄の「漢」が見た銚子電鉄再生」で、銚子電鉄の鉄道部次長・向後功作氏とトラベルライター・横見浩彦氏が対談している。テーマはタイトルどおり「銚子電鉄再生」で、マァ毒にも薬にもならない話をしているのだが……「毒にも薬にもならない話」にするために、横見さん、どうもカマトト状態のようだ。

向後 銚子電鉄といえば、赤とチョコレート色の車両、というイメージがありますか?

横見 そりゃあ。僕が初めて乗ったときからあの色でしたから。

向後 でも、あの色になったのは、実は1990年からなんですよ。その前は、すこしピンクがかったワインレッド色でした。いわゆる昔の西武カラー。

横見 えー! それは知らなかった。銚子電鉄といえば、赤とチョコレート色ですよ。あの色がいいっていう人もたくさんいますよ。

向後 いまではそうなんですけれども、色を変えたときはとても不評でした。「なんだ、この暑苦しい色は」と言われてこともあります。それから10年以上経って、定着したんでしょうね。

横見 想像もつきませんよ。

いやいやいやいや横見さん、あなたプロフィールに「1987年1月2日、可部線三段峡駅で国鉄線完全乗車達成」ってあるじゃないですか。なのに銚子電鉄に初めて乗ったのはその3年以上も後なの? 仮にそれは本当だとしても、90年当時そこまで並外れた鉄道マニアだったにも関わらず、旧西武カラーだと「知らなかった」とか、いかに不評だったか「想像もつきませんよ」なんてのは、絶対にありえない話だ。

だいたいあの塗装は、記事前半で批判的に扱われているバブル期の駅舎改修と同様、あの時代の安易で醜悪な「メルヘン」の流行によるもの。そして、そうしたメルヘンチックなレトロ調の隆盛(と、それによる真に古き良き物の破壊)は、ただ銚子電鉄のみのことではなかった。後年中川理はそれをディズニーランダゼイションと名付けたが(「偽装するニッポン―公共施設のディズニーランダゼイション」)、命名可能なくらいに全国で見られた風潮だったのだ。90年当時30歳前後だったのに、「銚子電鉄といえば、赤とチョコレート色ですよ」と本気で言っているなら、それはトラベルライターとしての感受性の欠如とさえいえる。

だから、私は横見さんはウソをついている、とみる。1頁目で語られている、テレビの仕事で銚子電鉄を訪れたときの経験からも、それは推測される。

一度、2日続けて銚子にいくことがあって。しかもテレビだから、リアクションしなきゃいけない(笑)。心のなかでは「昨日見たよ!」とか思いながら、リアクションするわけですよ。

とある。昨日見たものだろうと、よく知っているものだろうと、自分の知識や経験をひとたび棚上げして、まるで知らなかったかのように演技をする、そう言っているのだ。
だからこの対談でもおそらく、「赤とチョコレート色の車両、というイメージがありますか」と水を向けられたとき、「ああ、あのバブルのセンスは正直いただけませんね」などとは言えず、話の流れを……場の空気を読んで「そりゃあ」と答えてしまった。向後さんもその答に手ごたえを感じて、「でも、あの色になったのは」と話を続ける。となると途中で、「あ、それは知ってます」とは言えず、ズルズルと「それは知らなかった」「想像もつきませんよ」になったのではないか。
しかし、だとしても安易に他人に阿るようで、やはり格を下げたという印象は禁じえない。「聞き手」の立場として場の空気を読み、相手に銚子をもとい調子を合わせて、相手の言いたいことを引き出すというのは、ライターには必須の技能であるが、その行き過ぎは考え物だろう。